岡 泰史さんインタビュー(東北ジャム2013 in 石巻 実行委員長/後編) | Road to 2026.3.11 Sendai
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東北ジャム 2013 in 石巻
日程:2013年11月23日(土)、24日(日)
場所:宮城県石巻市 Onepark
主催:東北ジャム実行委員会
AIR JAM 2012が東北で開催された翌年2013年に石巻でAIR JAMの想いを引き継いで開催された音楽フェス、東北ジャム2013 in 石巻。
復興途中にあった石巻の沿岸部で津波の被害をうけ、その後スケートパークとして復活をしたOneparkで開催された東北ジャムはどのようにしてできたのか?
開催するにあたっての想いや、地元石巻への想いなどを実行委員長の岡 泰史さんに聞いてきました。
岡 泰史さんインタビュー(後編)
岡 泰史(東北ジャム2013実行委員長)
北村 孝之(ボランティアインフォ)

岡:
東北ジャムをやって自分自身の財産にはすごいなってるなって思うんですけど、この町の財産になったのかなって思うことはありますね。
北村:
いや、確実に石巻のためにもなったでしょ!
あれきっかけで来た石巻のボランティアさんとか、今でもフェスのボランティアに来てくれてる人いるし、そういう人がいっぱいいると思うよ。

なんかそういう普通の人が来るきっかけになったというか、音楽だったから来たというのはあると思ってて、普通に災害支援ボランティアに行く人もいるけど、石巻でこういうストーリーで音楽フェスやるって言うから来てくれた人もたくさんいると思う。それでやったら感動して、帰り道に泣いちゃうボランティアさんがいるくらい、いい場がつくれたんじゃないかって思うよ。
お客さんも作った側も、参加したみんなにとっていい場になったんじゃないかなと思う。
何かそれがもう全てなのかなって。手作りの良さというか完成されたイベンターがいてみたいなんじゃなくて、結構みんなで考えて作ったからこそ、あれだけ誇れるというか、なんか手作りの格好良さみたいなのは確実にあった。
今思えばもっと上手いことできたなとか、いっぱいあるけど、でもあれはあの時の最大値だったからね。
岡ちゃんは東北ジャム2013の石巻開催の時は、実行委員長みたいな立ち位置をしてくれてたと思うけど、その後の東北ジャムの違う地域での開催については、感情的にどんな感じだった?
岡:
女川関しては、もちろん隣の街で、嬉しかったんですよね。女川でやってもらえることが。一応共同代表っていう形でしたが、うまくバトンをつなげたのかなっていう気はしました。
北村:
女川開催もいろいろあったけど、確実にバトンは繋がったと思うよ。やってる内容も進化したし、できることとか仲間も増えたし。
岡:
イベントとしてはすごくいい場になりましたね。5000人規模でお客さん入って、すごいことやってのけたなっていうか、みんなの力でできたなっていう感じがありましたね。
北村:
その後、2018年に福島県のあだたらで開催して、それ以降、東北ジャムは開催できてないけど、それについては何か思うところはある?

岡:
まあ、正直言うと、やりたい気持ちはありつつ、でも今は仕事に集中しなければいけない時だとも思っています。そして前回開催からしばらくあいてしまったし、震災からも15年というところで今更なのかなっていう気持ちもどこかありますよね。
そして今は自分の目線がローカル目線になっているのかなって思ってて、いかに地元の人たちが自分たちの住むところで日常的に、月1回でも、2ヶ月に1回でも、何年に1回でもいいんですけど、地元の人たちに密着して当たり前のように作っていくことが大事なのかなって。
北村:
東北ジャムは非日常なんだろうなって思ってて、外からの人が、中の人を巻き込んでつくって、外の人も来るみたいな構造だと思うけど、やっぱり日常に落とし込んでいくっていうのが一番難しいなと思ってて、非日常はぶっ込めばできるけど、日常に落とし込むっていうことは、文化だし、蓄積と積み重ねをみんなの想いでそれを続けるっていう大変さみたいなものも絶対あるしね。
でもそれは石巻に住んでる人だからこそできることだと思うし、外の俺が言ってもそれは違うし、なんかでもそこに岡ちゃんがモチベーションを向けてるっていうのが俺は嬉しいな。
外の人間として応援できる、何かがあるなら手伝いたいと思うし、なんか形にしてほしいなっていう期待もある。
岡:
難しいのが、もちろん日常的にやるのもすごく難しくて、実際今できてるかって言ったらできてるわけではないのでお休みしてるんですけど、東北ジャムでやったこともそうですけど、自分の経験だったりを、下の子たちに見せてあげたり教えてあげたり、俺らが教わったようなことを伝えていきたいなって。
やればできるっていう成功体験を僕はさせてもらったと思っていて、その経験をこの石巻にいる若者たちが同じようにして、石巻で遊べるんだっていうか、石巻でこういうことできるんだとか、そういう成功体験を味合わせられたらなって。

でも残していく難しさっていうのは、あるなぁと思ってて、他の場所で開催するにせよ、ちゃんと現地に何か残して、さらに次に繋げていく術が確立できないとしんどいかなって。
東北ジャムっていう名前を残すんだったら、やっぱり、それがきっかけで始まった被災3県のどこかで残せたらいいなっていうのは正直あります。
北村:
なるほどね。
岡:
続けていけるその土壌というか、僕の中では一つのゴールっていうか、次の人に託して、自分が手放しで勝手にやってくれてるっていうか、自分が見に行く側になれた時、それが何十年後か分かんないですけど、1つのゴールかなって思ってて、そこまでアーティストさんとの関係性も残せるような形が残ってたらいいなっていうか、それが文化になっていくのかなって思うし、人が育っていってるってことなんじゃないかなって思います。
北村:
何をもってやるか、文化っていうところの軸だけじゃない、人を育てる音楽の街っていうのを継承しながらっていう部分はストーリーとしては絶対あると思ってて、それでやっぱりプラスになってる人がいて楽しんでる人がいてっていうのが日常に落とし込んでいくってことなのかなっていう気はし始めてるけど、答えがないし、事例もないし、難しいし、いろんなでっかいフェスで成功してるものあるけど、なんかそれの真似ではないものを、まさにゼロイチで作んなきゃいけないから、産みの苦しみはあるけど、でもできるとすごいことになるし、たぶんそれが石巻ではできる気がする。
なんか無理のない、サスティナブルな、今っぽい東北ジャム?
勢いで突っ走らない、勢いだけだと、絶対に続かないから、続くペースで無理せずやる。
岡:
東北ジャムの後は、結構な期間、廃人みたいになってましたもん(笑)。
正直、あの後、人と会いたくない時が結構続いてたっすね。
北村:
同じだ。わかる!
岡:
勝手な被害妄想かもしれないですけど。あの時いろんなところに頭下げに行ったりとかして、説明したりとかして、その後どう思われてるのか、よく思われてないんじゃないか、勝手に想像しちゃって怖くなってるっていうか、そういう時期も結構あったんですよね。
北村:
でもなんかそういう覚悟とかをもったうえでやるっていうことな気がするけどね。
岡:
なんか大袈裟に言うと、葛藤が常にあるっていう感じの状態になるけど、そういう時に、実行委員の仲間がいると、自分一人で背負い込まなくて済むので助けられたなと思ってます。1人だと心が潰れちゃう気がします。
北村:
そういう意味で言うと、実行委員メンバーで石巻の人と外の人のバランスは難しいところだったね。俺は外の人だから、毎回打ち合わせ終わったり、開催が終わったら石巻から出ちゃうけど、地元の人は石巻に居続けて日常な訳だから、そこでの関係性とかあるからね。
そこは岡ちゃんに負担かけたなぁと思ってます。
実行委員会を組む段階から、その辺は意識しておかないとダメだよねって学びだね。誰かだけに負担がかかったり、これをやって関係性が崩れるようなことは絶対しちゃいけないし。
まぁでも当時はそんなこともわからないし、そもそも勢いでやるぞ!って人が集まって走り出しているから、誰も何もわからずに走ってたんだけどね(笑)
岡:
そうですね、そんな中、本当によくやりましたよね。
北村:
よくやったよ!でもこの話ができてる時点で失敗から学べてて、もう経験値があるのから次は同じことにはならないよ。

岡:
あと、これは自分の所感でしかないですけど、やっぱりこう大きくしていくと、いかに周りを巻き込んでも、一時で終わってしまう時もある、一瞬で一回で力尽きてしまう人もいっぱいいるなって。
北村:
なんかこう、よっぽどその文化を作っていくとか、町に対しての日常を作っていくって意識を高めながら、常にそれを意識しながらやっていかないと、どうしてもピークがイベントの本番日に持ってきちゃうから、そこが通過点なんだよっていうのは常に意識してやらないといけない。
しかもそれをみんな同じ認識をもって、中長期目標を置いて、そのためのワンステップだよと。ちゃんと短期、中期、長期の目標を見ながら、1年目はとりあえずやろうとか、2年目は目標として数を入れるとか、そういうようなステップを踏んでいかないとだよね。
岡:
そうですね、まさに本当、短期、中期、長期の目標が見えてないと難しいのかなーって思いますね。
北村:
この10年でそんなことも考えられるようになったってことだね(笑)
この状態で東北ジャムしたら、面白い東北ジャムができそうじゃない?
岡:
そうですね!大変なのは大変だと思いますけど、前とは違った東北ジャムができそうな気がします。

インタビュー:2026年1月13日






